追悼・中村麟子さん

中村麟子さん死去 記録映画作家
(2009年3月23日 中日新聞
中村麟子さん(なかむら・りんこ=記録映画作家)2月28日午後、老衰のため死去、92歳。福岡県出身。葬儀・告別式は親族らで済ませた。
女性映画監督の先駆けで、科学映画などを多く手がけた。作品に「真空の世界」「結核の生態」「よみがえる金色堂」など。(共同)
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2009032301000935.html

科学映画と私 ある女流映画監督の回想

科学映画と私 ある女流映画監督の回想

初演出作は日映時代の『しをひがり』(1951)、ということで
坂根田鶴子さんに次ぐ女性映画監督の先駆者ですね。
(中村さんの後は時枝俊江さん、田中絹代さん、かんけまりさん、せんぼんよしこさん、羽田澄子さんと続く…)
昨年刊行された↑自伝によると、
2007年まで科学放送授賞選考委員を務められていたそうで
お元気と思っていましたが……。御冥福をお祈りします。
科学映画・教材映画のパイオニアとして知られていますけど、
初期の『小さな芽ばえ』や後期の『五島列島の若者組』などの
素晴らしいドキュメンタリー作品に去年出会ったばかりなので
ぜひ発掘上映していきましょう!(賛同者求む)


▽主要フィルモグラフィー

1951:しをひがり
1952:手、せんたく、テレビジョン
1953:時計、眞空の世界
1954:はえ、腐敗、たべ物の保存
1955:磁気録音の話、染色の話 (脚本)こどもは見ている
1956:谷間の学校、すず虫
1957:こどもたちの目、正男君のラジオ
1958:小さな芽ばえ
1959:インダストリアル・デザイン
1960:スランプ—仕事の調子—、たのしい音楽教室
1962:アリナミン
1963:美しい素肌づくり、全自動管理エレベータ、日本の結核対策
1965:リボタイド
1966:いの一番、胃腸の働き、ブラザー・ペース・セッター
1967:更生スノータイヤ性能試験の記録
1968:明治の絵画、癌の開創照射治療
1969:文楽、新抗生物質カネンドマイシンの誕生、300トン培養タンク-建設の記録-
1970:脳卒中リハビリテーション、よみがえる金色堂
1971:地球と世界地図
1972:日本の書
1973:古都 奈良
1975:日本の家族計画
1976:心臓のつくりとはたらき-顕微鏡の使い方-、単細胞生物
1978:パン工場で働く人、薬の正しい知識、心ぞう—人のからだ—
1979:日本の婦人像—男女平等を目指して
1980:ゆうびんのしごとをするひと (脚本)荒川豊蔵
1982:手紙の旅、のりものではたらく人—でんしゃ—
1983:みんなでつくる明るいまち
1984:伝統に生きる工業 出雲和紙
1985:バスではたらく人
1986:五島列島の若者組、ごみのゆくえ—せいそう工場—
1987:さぎ草物語、野菜づくりのさかんな地域-岩井市-
1989:さかなやさん-うちのひとのかいもの-